家庭救援摂理時代にふさわしい文化革新を!

家庭救援摂理時代にふさわしい文化革新を!

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 「今まで教会は、個人救援時代でした。今からは、祝福を受けた家庭を中心とした家庭救援摂理時代です。家庭が連合するようになれば、氏族救援摂理、国家救援摂理時代に越えていくようになります。氏族が祝福を受ければ、氏族が救いを受けるのです。国が祝福を受ければ、国が救いを受ける時代に入っていくのです。次元が飛躍するというのです。ですから、教会(を中心とした摂理)時代は過ぎ去ります」(1997年5月1日)

 世界基督教統一神霊協会(統一教会)は、再臨主を迎えて一つとなり、地上天国創建を果たすべきだったキリスト教の使命を担って、一九五四年に創立されました。
 淪落する青少年の解放と、紛争の絶えない宗教間の和合統一を目指し、そして何よりも、神を否定する共産主義思想の世界的蔓延に真っ向から対峙して、日本や米国をはじめ、世界に宣教師を派遣し、自由主義圏の連帯を図ってきたのです。
 一九五八年、日本に一人の宣教師が派遣されました。命懸けの伝道を通して、一九五九年に初めて礼拝が捧げられ、日本統一教会が産声を上げたのです。
 それから六十三年間、救国救世を旗印に、多くの先輩が、統一原理を新しい真理として街頭で叫び、開拓伝道に赴きました。愛する家族を故郷に残した、片道切符での命懸けの開拓伝道でした。それは正に、次のイエス様の言葉を絵に描いたような歩みでした。

 「わたしよりも父または母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりもむすこや娘を愛する者は、わたしにふさわしくない。また自分の十字架をとってわたしに従ってこない者はわたしにふさわしくない。自分の命を得ている者はそれを失い、わたしのために自分の命を失っている者は、それを得るであろう」(マタイ一〇・37~39)

 統一教会時代は、正に四十年にわたる歴史的な蕩減の時代であり、サタン分立の時代でした。命懸けで天の父母様(神様)と真の父母様のみを慕いながら走り切ってきた時代とも言えます。
 残してきた、愛する家族や親族を思う心の痛みを胸に秘め、甘受する道、サタンも越えられなかった愛の蕩減の道を、我知らず歩むこととなった期間でした。子女たちを荒野に追いやる真の父母様の涙は、天の父母様の痛みも、子女たちの残した家族が負った痛みも、全てを抱いて流されたものでした。

 その蕩減時代の四十年を経て、真の父母様は「家庭連合時代到来」を宣布され、四十三年目に全世界に向けて、統一教会の名称変更を指示されたのです。

 「宗教は、家庭が安着することを最高の目標にしなければなりません。家庭が安着すれば、宗教という名前自体も外してしまわなければならないのです。それで、一九九七年四月八日に、『世界基督教統一神霊協会』の看板を外し、『世界平和統一家庭連合』の名称を四月十日から使用しなさいと言ったのです。家庭の定着です」(2002年5月13日)

 家庭は、神様の愛の着地点であり、四大心情を通して私たち自身が成長し、愛の感性を体恤する基地でもあります。時代は、個人救援時代から家庭救援摂理時代に突入しているのです。愛する家族や親族を犠牲にし、天の父母様や真の父母様のみを見詰めて歩んできた時代から見ると、青天の霹靂とも言える大転換時代を迎えていたのです。
 しかし、私たちはそのみ言を耳にしながらも、真の父母様の心情に立って理解を深めることができず、心で受け止めることもできていませんでした。
 四十年の蕩減時代に大きな心の痛みを抱えた家族や親族に向き合い、愛し、その痛みを共有しながら、共に天の父母様、真の父母様のみ前に出ていかなければならなかったのです。いや、むしろ、家庭的メシヤとして、氏族的メシヤとして、真の父母様を迎え入れ、個人救援時代に立てた伝統を、家庭に、氏族圏に着地させなければなりませんでした。
 あれから二十五年、真の父母様の願いと天の摂理を正しく理解し切れず、個人救援時代の価値観を家庭救援摂理時代に向けて転換し切れていなかったことを、私たちは改めて反省し、根本的な教会革新に向かって取り組んでいかなければなりません。
 真のお母様は、神様を知っているだけではなく、神様に侍る日本になりなさいと語られ、「神日本」の称号を下さいました。その基盤は、正に家庭です。私たちは、神様に侍る「神家庭」「神氏族」を築いていかなければなりません。
 天の父母様に侍り、孝情の伝統を立てた兄弟姉妹となって、家庭救援摂理時代にふさわしい文化革新を果たしてまいりましょう。