天苑宮・天一聖殿入宮勝利に向けて

 八月三十一日、東京・渋谷の松濤本部で、「三万双家庭会総会」が行われました。このメッセージは、その場で田中富広会長が語った内容を整理したものです。(文責・編集部)

 三万双家庭会の皆様、おはようございます。(8月25日に迎えた)祝福三十二周年、おめでとうございます。また、同じ八月二十五日が記念日の三十六万双の皆様も、おめでとうございます。

 きょうは、来年予定されている天苑宮・天一聖殿入宮が、私たちにとって一体どのような意味を持つのかについて考えたいと思います。
 この点を正しく理解していないと、単なる歴史の一場面で終わってしまう可能性があります。そうなれば、十年、二十年と時がたった後に振り返って、「あのとき、こういう意味があったのだ」と気づくことで、「なぜあのような過ごし方をしてしまったのか」と後悔することになるかもしれません。そうしたことがないように、皆様と一緒に整理していきたいと思います。

真のお母様から学んだ教会における夫婦の姿

 先日、韓国を訪問した際、真のお母様とお会いする機会がありました。さまざまなお話を伺い、大変貴重な時間を過ごしました。
 そのときの、特に重要なポイントを紹介したいと思います。
 真のお母様に呼ばれたのは、七人の大陸会長だけでした。大陸会長が呼ばれるときには、大きなイベントや人事があることが多いのですが、今回は少し違いました。
 真のお母様は、ネクタイと妻へのネックレスをプレゼントしてくださいました。
 通常であれば、「田中!」と叱られることも多いのですが、今回は違いました。このときは時間をかけて「夫婦愛」についてみ言を語ってくださったのです。私自身、真のお母様の口から夫婦愛について、これほどじっくりとお話を伺うのは初めてでした。
 真のお母様が強調されたのは、夫婦が真に一つになることの重要性です。そして、礼拝文化においても、夫婦の文化が中心にならなければならないということでした。教会に家族が集まる際、子供たちもたくさん来ますが、最も大切なのは夫婦の姿だというのです。お母様は、教会における夫婦の在り方がどれほど重要であるかを教えてくださいました。
 「もし絵を描くなら、最も美しい絵は、教会に家族が集まり、夫婦と共に子供たちも一緒に教会に向かう姿です」とおっしゃいました。そして、私たちはそのような文化を築いていかなければならないというのです。また、教会には品格と品性が必要であり、それを表現するためには、常に清潔で、美しく、笑顔のあふれる教会を目指すことが大切だとおっしゃいました。
 真のお母様は、そのために、服装も非常に重要だと語られ、そこから、今回のネクタイやネックレスの話につながるのです。お母様は、「いつ、誰に見られても、どんな人と向き合っても、恥ずかしくない姿を保つことが大事です」とおっしゃり、そのような姿勢を持つために、私たちにプレゼントをしてくださったのでした。
 実際に天正宮博物館を訪れると、スタッフや掃除をしている方々、裏方の方々までもが、いつもきちんとした姿でいます。どんなお客様が来ても対応できるように、常にビシッと整っています。
 私が、あるスタッフに「いつもそのようにしているのは大変でしょう?」と尋ねたところ、「もちろん大変です。でも、その姿勢が醸し出す雰囲気こそが、真のお母様が来客に対されるときのお気持ちの表れです。お母様の思いを形に表すことができる喜びが大きいのです」という答えを頂きました。
 そのように、真のお母様におそばで侍る、天正宮博物館のスタッフ全員が、お母様の思いをどのように形に表すかを考えながら、それぞれの役割や立場に基づいて取り組んでいるのだと感じました。その立場をしっかりと保ちながら、緊張感を持って仕事をしていることに対して、改めて尊敬の念を抱きました。
 私自身も、たびたび真のお母様とお会いすることで、慣れてしまい、少し緊張感が失われたり、心の中に人間的な感情が芽生えたりしてしまうのではないかという危機感を覚えることがあります。
 ですから、慣れてしまうことの恐ろしさを常に意識していなければなりません。生活を共にしていても、慣れすぎることは良くありません。親しい関係であっても礼儀を忘れてはいけないのです。
 私たちは、夫婦であっても、礼儀を守り続けることが大切です。相対者の前で、礼儀を欠いた姿を見せてはいけません。どのようにして礼儀を保ちながら、自分たちの心情圏を守るかが非常に重要です。

来年4月13日までの私たちの4つの目標

 今回、韓国で「天苑宮・天一聖殿入宮勝利決意週間」(8月20〜25日)がありました。大きくは次の行事がありました。
◇天地人真のお父様天宙聖和12周年
 本郷苑参拝式
◇天一国指導者特別集会
◇神韓国牧会者 真の父母論講義大会
◇天一国真の父母論説教大会
◇天一国讃美大会
◇天苑宮・天一聖殿入宮勝利決意大会
◇孝情天寶特別大役事
◇第1111回天心苑特別徹夜精誠
 本郷苑参拝式には、世界のリーダー約九十人が参加しました。また、「真の父母論」説教大会は全て英語で行われました。天一国讃美大会は、各大陸から一チームずつ、韓国からは三チームが参加しました。さらに、天苑宮・天一聖殿入宮勝利決意大会が行われ、孝情天寶特別大役事、天心苑特別徹夜精誠もありました。
 韓国に到着し、この一つ一つの行事に向き合っていると、この全ての行事名の頭に「天苑宮・天一聖殿入宮勝利決意のための」というタイトルがついていました。つまり、全ての企画、行事が単なる儀式などではなく、真のお母様の意図が深く込められており、この行事期間の全てを通して私たちの「決意」を天に奉献しようとする目的があったのです。
 真のお母様は、「残り八か月」と何度も口にされました。お母様の意識は、常に来年の四月十三日(天苑宮・天一聖殿入宮式)に向けられているのです。

 真のお母様はこれまで繰り返し、〝天の父母様(神様)の夢は、地上で真の父母として子女たちを抱き締めて愛し、地上で生活をされた後、一緒に天上天国に行き、永遠の世界で共にすることでした〟という内容を語られてきました。ですから、天苑宮・天一聖殿入宮を「天の摂理の完成である」、「人類歴史の完成である」と言われるのです。
 このことを正しく理解する必要があります。神様を地上にお迎えするという言葉は簡単ですが、六千年かけて摂理を導いてこられ、ようやくその時を迎えることができたのです。
 このような歴史的な時を迎えようとしている現在、私たちには四つの目標があります。
1.祝福
 来年、真のお母様は、神様を天の父母として地上にお迎えした立場で祝福式を挙行される予定です。ですから、この祝福は、これまでの祝福とは次元が異なります。「次元が違う」と言うと、これまでの祝福がどうだったのかと疑問を持つ方もいますが、祝福自体の価値は受ける側から見れば変わりません。しかし、与える側である神様から見ると、この祝福には深い意味があります。
 神様がアダムとエバに本来与えようとしていた祝福は、単なる授与にとどまるものではありません。祝福を受けた後、神様と共に生活し、四大心情を共に通過し、子女を生み、神様が見守る中での心情圏を地上で共に味わい、永生に向かうことです。そのようなことを初めて実現するのが、来年の祝福なのです。したがって、来年の祝福は、与える父母である神様の視点から見たとき、初めて地上で実現する祝福です。
 このことは、祝福を受けた私たちには実感しにくいかもしれませんが、これから祝福を受ける者にとっては大変な意義があります。この意義をよく理解し、来年の祝福に臨まなければなりません。
 そのような意味で、残り七か月間に私たちがしなければならないことは明確です。それは、祝福の準備です。全ての祝福家庭にとって大きなテーマです。来年の祝福式にはできるだけ多くの候補者を同参させる必要があります。
 今回の祝福は、神様を地上に迎えて行われる最初の祝福であり、全ての恩赦が行われる大恩赦の機会です。この恩赦をもって新しい祝福へと進むため、私たち祝福を受けた者としても多くの不足な点もあり、恩赦が必要です。全員がもう一度恩赦を受けて、天の父母様と共に生きることを決意し、新たなスタートを切る重要な式典です。
 真のお母様が早々と大恩赦を許してくださったことに感謝し、この確定した祝福式に向けて、可能な限り多くの人々が韓国に集まり、清心平和ワールドセンターを、祝福を受ける人々で埋め尽くすようにしましょう。
 去年、「神日本二世圏総会」で日本の青年たち六千人以上が、真のお母様のみ前で「背を向けている二世たちを取り戻します」と約束しました。その約束を果たすためにも、一人でも多くの祝福候補者を連れていきたいと思います。お母様に対して「心配しないでください。私たちがいます」と伝えることが重要です。お母様は私たちを信じています。その信頼に応えなければなりません。
2.天寶
 次に、神様を父母として地上に迎えるということです。「父母」という言葉は、「子女」という概念があって初めて意味を成します。もっと言えば、「父母」という言葉は、子供たちが使うものです。親が自分で「私は父母だ」と主張しなければならないような家は不幸です。「お父さん」「お母さん」という言葉は子供たちが使うものであり、子供がいるからこそ成り立つのです。
 神様を地上にお迎えするのも、「真のお母様」が迎えるのでも、「真の父母様」が迎えるのでもありません。天一国の民が、天の父母様を迎える式典です。ここが、日本の食口たちにはまだ十分に理解されていない部分です。真の父母様はすでに天の父母様と一つになっているのです。天の父母様を地上にお迎えするのは私たち子女、天一国の民です。
 天一国の民とは何かを、真のお母様がはっきりと語っておられます。それが、「天寶家庭」に取り組む民です。つまり、天の父母様を地上にお迎えするのは子女、しかも天一国の子女である「天寶家庭」ということです。だからこそ、私たちは残りの七か月間で、天寶家庭になることが明確に求められています。
 すでに天寶家庭として認定された方々には、内実をしっかりと整えることが求められます。内実とは、四百三十家庭の伝道です。二世、三世にかけてでも、成さなければなりません。
 今、それができていなければ、せめてその十分の一、すなわち四十三家庭を目指すことです。四十三家庭とは、自分の直接の信仰の子女家庭です。これが達成できていなければ、残りの七か月間で果敢に挑戦し、一家庭でも増やすことが求められます。
3.宗教
 さらに、神様を地上に父母として迎える際に、最も重要なことは、宗教界、特にキリスト教界が神様を父母として迎えることです。キリスト教界が神様を父母として迎え入れる瞬間に、宗教の壁は崩れるというのです。
 真のお母様は一貫して、人類の三分の一に、天の父母様と真の父母を知らせなければならないと言われています。それは、神様を父母として迎え入れた宗教界が一つになったときに実現するのです。
 それが、天の父母様聖会です。神様を父母と受け入れた宗教界が一致したとき、宗教の壁が崩れ、人類の三分の一の伝道実現が見えてくるのです。宗教界が一つにならなければ、この目標は絶対に達成できません。
 その宗教界が一つになるための中心が、神様が「父母である」ということの理解です。来年、天の父母様をお迎えすることで、宗教界、特にキリスト教界の宗教指導者を中心に、宗教の和合が本格的にスタートすることになります。
 天の父母様聖会とは、神様を父母として侍る群れです。家庭連合は、真の父母を実体の父母として仕える群れです。そのため、天の父母様聖会の中ではアベルの位置に立ちます。家庭連合は、天の父母様聖会世界平和統一家庭連合であり、天の父母様聖会〇〇キリスト教団、天の父母様聖会〇〇教など、将来的にはこの天の父母様の冠の下に多くの人が集まることになるでしょう。
 そのために、私たちは身近な宗教者から地道に渉外し、神様が父母であることを伝えていかなければなりません。
4.建立
 日本にとっても特に重要なことですが、天苑宮・天一聖殿の建立そのものが完成しなければ意味がありません。この入宮式を行うに当たり、建立を完成させるためには母の国の使命が大きいと自覚し、残り七か月間で取り組んでいかなければなりません。

 以上の四つの目標に対して果敢に、自らの目標を立てて挑戦することが求められます。

二元体制の安着と真の父母論の安着

 目に見えない、さらに重要なテーマが七か月間、真のお母様の中では流れています。それが、二元体制の安着と真の父母論の安着です。
 まず、二元体制とは何かについても理解する必要があります。
 今までは、伝道と伝道環境創造の二元体制で理解してきました。
 しかし、これからは「二元体制」という言葉が使われるとしても、その概念は変わります。天心苑が心の世界であり主体であるとされ、家庭連合と友好団体が共に進めていく環境創造が対象となります。何よりも中心軸には、天心を中心とした霊性の啓発が置かれています。霊界と地上界が完全に一つとなる時を迎えたため、真のお母様はひたすら霊界を強調しておられます。また同時に、天心苑の精誠が強調されています。
 天心苑は真のお父様の執務室であり、地上での働きの拠点であり、お父様と出会う場所です。真のお母様も、霊界に行かれたあとは、地上で役事を行われる際に天心苑が執務室になるとされています。
 したがって、私たちは霊性を磨き、天心苑で真の父母様と対話しながら地上の生活を送ることが重要です。天心苑は霊性啓発の拠点、本殿です。
 家庭には家庭祭壇が設けられています。教会に行けば天心苑特別祈祷室があり、天心苑特別祈祷室を基にして霊性の啓発が行われています。
 最初に、私が天心苑の意義を聞いたときには、真のお父様の地上の執務室であることや、霊性啓発の本殿であることは理解できましたが、二世教育の本殿であるという点はピンと来ませんでした。
 ですが、昨年の四月、ハワイで真のお母様とお食事をしている際に、お母様が「これからは、お父様の声を聞く二世たちが育ってくる」とおっしゃったときに、その意義が腑に落ちました。
 それまで、私たちは、真のお父様の声が地上に届けられるときには必ず真のお母様を通じて来るべきだと理解していました。お母様を通して啓示が来るのが当然だと思っていたのです。しかし、天心苑で二世たちの霊性修錬会が始まり、お父様の声を直接聞く二世たちが現れ始めたのです。
 そのときには、その変化に戸惑いがありました。この新しい状況に対応するために、李基誠・天心苑苑長に尋ねてみました。「真のお父様の声が聞こえた」という言葉が周辺から出てきた場合、どう受け止め、どう確認すればいいのかということを聞いてみたのです。すると、李基誠苑長の答えは、霊的な啓示は中心性が最も重要であり、その内容が中心に届けられ、認定されたものだけが公開されるべきだということでした。ですから、李基誠苑長が語っておられることも、全て真のお母様に報告されているのです。
 霊的な人は霊的なものが主体になり、中心性が崩れて、やがて自分が中心になってしまうこともありえます。そうなれば、混乱が生じます。
 今後、真のお母様が霊界に行かれたとしても、天心苑を中心とした霊性の啓発をしっかりと身に付けた生活を送ることが求められています。

 もう一つの重要なテーマが、真の父母論の安着です。これは、神様を父母として地上に迎えるにおいて、真のお母様が絶対に譲れない内容です。
 真のお母様の最大の目標は、神様の解放です。ここで「神様の解放」とは、神様が父母でありながら「父母」と呼ばれなかったことの苦悩から解放することを指します。
 歴史を通じて神様の呼称は変わってきました。最初は「ヤハウェ」と呼ばれ、その後「主よ」と呼ばれ、イエス様を迎えたことで「天の父」と呼ばれるようになりました。しかし、「天の母」がいないために、神様は完全な「父母」として認識されることはなかったのです。
 真のお母様と真のお父様の最大の目標は、神様を完全な父母として地上に迎えることです。
 真のお父様は、公式的な最後のメッセージを語られた「アベル女性UN創設大会」(2012年7月16日)のとき、「母がいません」と語られました。このみ言には深い意味があります。お父様がこのメッセージを通じて伝えたかったのは、神様が完全な父母として地上に迎えられるためには、天の母がいなければならないということでした。
 このメッセージは、神様の解放という目標に向けた重要な指摘であり、私たちはこの理解を深める必要があります。
 真のお父様が生前、神様について語られたことの中で、特に重要なポイントは、神様の願いが「父母になること」であるということです。お父様は、神様が全ての被造世界の主人であり、同時に人間の父母であると教えてくださいました。これは、神様が「父」としてだけではなく、完全な「父母」として認識されることを望んでおられるからです。
 神様が父のみであり、母がいない状態では、神様の完全な解放は達成されません。真のお父様が生きておられたなら、この問題をさらに強調し、神様の完全な解放を求め続けられたでしょう。お父様が聖和された後、これを引き継がれたのが、真のお母様です。お母様は、神様の完全な父母としての側面を理解し、神様を天の父母様として地上に迎えることに努めておられます。
 ですから、私たちの使命は、神様を「父母」として証しすることです。

 天一聖殿の十四枚の聖画について、真のお母様は、真の父母の生涯を通して「神様が父母であること」を理解させるものであり、真の父母の偉大さを示すものではないとおっしゃいました。聖画は、真の父母様の生涯路程を通して神様の心情と願いが見えるようにするためのものであり、神様の父母としての側面を証しするものなのです。
 真の父母様がなぜ命を懸けて北朝鮮に入っていかれたのか、それは「父母」であるからです。子女たちがそこにもいるからです。共産主義の牙城であるソ連(当時)のクレムリンに入っていかれたのも、同じ理由です。
 真の父母の生涯を理解するためには、神様が父母であることを理解しなければなりません。この視点を私たちがしっかり持つために、あの聖画を残す必要があるのです。

 神様が父母であることを理解することで、地球のあらゆる課題や人類の問題、宗教問題、人種問題など全ての問題は解決に向かうのです。それは、神様が父母であるという認識を受け入れることから始まります。

天心修行と天寶修行の目的は愛を実践し、人々を祝福に導くこと

 最後に、まとめです。
 私たちは天寶を目指しており、実質化を目指しています。しかし、天寶になることが最終目標ではありません。私たちの目標は、地上に天国をつくることです。それには必ず神様の国を建てなければなりません。
 国家と家庭は連動しています。国の礎は家庭であるため、私たちは家庭に対する価値観を徹底して貫かなければなりません。また、神霊と真理に基づく教会づくりも、真のお母様が強調されています。この、天寶とその拡大における国を結びつけるのが天寶修行です。
 天寶修行とは、愛の実践を意味します。家庭内での愛の実践、地域への愛の実践、そして国家への愛の実践が含まれます。愛の実践の場は家庭であり、家庭で学んだ愛を地域、社会、国へと展開していくことで、ようやく国が見えてくるのです。国家の復帰という言葉は簡単ですが、実際には地域や家庭の復帰が前提条件であることを理解しなければなりません。
 さらに、神霊と真理に関する側面が天心修行です。したがって、天心苑を中心とし、神様の心情や真の父母様の心情を追い求める修行生活が求められます。
 毎日、午後十時から午前一時まで修行を行っていますが、天心修行を通して自分自身の霊性を高め、天の願いを把握して、それを生活に生かさなければ意味がありません。ただ「天心修行をやっています」「徹夜精誠をしています」と言って終わりではいけません。
 徹夜精誠の目的は、徹夜精誠そのものにあるのではありません。徹夜精誠は霊界に対して命令をすることが目的でも、霊界に願いをかけることだけが目的でもありません。
 では、何のために徹夜精誠を行うのでしょうか。それは、地上で実現したいことのためです。祈祷のために精誠をするのではなく、地上でなすべきことを明確にし、その実現に向けて霊界からの協助を願い、共に果たしていくことが天地合同作戦の本質です。
 ですから、地上で成したいことがはっきりしていない限り、いくら天心苑精誠を行っても意味がありません。何を願っているのか、何に協助を求めているのかをはっきりと定めてください。協助を求めるのは、皆さんの先祖、つまり絶対善霊に対してです。
 皆さん、霊界に祝福を受けた多くの先祖がいらっしゃいますね。6880人がいるでしょう。個人であれば四系統四百三十代、夫婦であれば八系統四百三十代で、合計で6880人です。その全てが信仰の子女です。
 皆さん、しっかりと愛してください。絶対善霊にしたからといって、それで終わりではありません。完成していないのです。この絶対善霊になった6880人を完成まで導くことが愛です。
 その完成方法は、地上の人々と共に愛を実践することです。ですから、私たちが地上での天寶修行や愛の実践を本気で行わなければ、霊界にいる先祖は、絶対善霊になっても完成には至りません。先祖解怨や先祖祝福が完了したからといって、それで終わりではないのです。
 そして、天心修行と天寶修行の成果は祝福です。全ての人類が祝福に至るまで、神様の祝福の摂理は終わりません。
 したがって、私たちは一家庭でも多く、天の前に子女として返していかなければなりません。この祝福を基盤として、中心に立つのは私たち神家庭であり、私たちの家庭が神様に侍る家庭でなければなりません。
 天の父母様聖会の最も重要な部分には、神家庭が入らなければなりません。そして、神様が父母であるというレベルで理解した方々が天の父母様聖会の会員です。そこから教育を受けて食口となり、祝福家庭となり、最終的には天寶家庭へと成長していくのです。

神家庭の姿が見え、実体が見えれば、人は寄ってくる

 今、教団を守るためには、堂々と街角に出て、伝道対象者の前に「家庭連合、旧統一教会です」と示すことが重要です。現在、いちいち説明する必要はなく、旧統一教会です、と言えば済むようになりました。ああ、あれね、という感じで、楽になりました。
 見えなければ求心力にはなりません。神家庭の姿が見え、神家庭の実体が見えるからこそ、人は寄ってくるのです。このことを心に留めて、きょうから皆さん、ぜひ家庭連合のマークを貼って歩きましょう。どこから見ても家庭連合だと認識されるように。
 「家庭連合が来た」、「家庭連合が行った」、「家庭連合がごみを拾っている」、「家庭連合がコンビニに入った」、「家庭連合がシャケ弁を買った」といった具合に、普通であると言われることが勝利の証しです。今は「普通でない」と思われているのですから、まず市民権を勝ち取るために、ふだんの姿を見せることが大切です。
 しかし、家庭連合であると分からなければ、話にもなりません。ぜひ堂々と、そういった姿勢を示しましょう。親の姿を見た子供たちは、自分の親が家庭連合であることを誇りに思い、恥ずかしいことだとは思わなくなるでしょう。親は、子供が誇りに思える父母にならなければなりません。
 
 きょう、真のお母様が最も願っておられる来年の天苑宮・天一聖殿入宮についてお話ししましたが、この核心的な部分は、神様を父母として迎えることです。この父母を迎えるのは私たち自身であり、お母様ではありません。我々がどこに迎え入れるのかが、重要です。それは、天一聖殿の中だけではなく、私たちの家庭です。
 本物が問われる時代を迎えていると受け止め、果敢に挑戦していかなければならないと思います。七か月間、各家庭で目標を立てて挑戦し、子女の祝福、天寶への挑戦、宗教渉外、親族内の宗教者との関係構築、天苑宮・天一聖殿建立、真の父母論の着地、そして天心苑祈祷精誠にしっかりと意識を向けて過ごしていきましょう。